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東京高等裁判所 平成5年(ネ)5431号 判決

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

理由

一1  本訴請求原因1ないし3の事実並びに反訴請求原因1(一)、(二)及び2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  反訴請求原因2(二)の別紙システム目録(二)については、一項「図面の説明」のうち、図面の音声信号入出力部の部分、二項「装置の概要」のうち、2(1)の回線制御部に音声信号入出力部があるとの部分、四項「本件システムの作動の概要」のうち、1の「音声信号入出力部を介して」との部分、4の回線制御部に音声信号入出力部があるとの部分、5の主制御部が(2)の機能を有するとの部分、7の主制御部が(1)〈1〉ニ及び(1)〈2〉の機能を有するとの部分を除き、当事者間に争いがない。

3  反訴請求原因2(三)の控訴人らが本件システムの構成及び機能を本件特許発明の構成要件に対応させて説明した部分については、本件システムの構成aのうち、回線制御部が音声信号入出力部を有する点を除く部分、構成bイのうち、音声信号が音声信号入出力部を介して入力される点を除く部分、構成bロ、構成cイロハ、構成dのうち、回線制御部に音声信号入出力部がある点を除く部分、構成e、構成f、構成g及び構成hの構成ないし機能を有する点は、当事者間に争いがない。

二1  本件システムは、電話回線と電話交換網によつてプッシュ式電話機及びダイヤル式電話機に接続されるコンピュータシステムであつて、電話機をコード入力端末装置(プッシュ式電話機の場合)、音声入力端末装置(ダイヤル式電話機の場合)として、質問のコードをコード入力(プッシュ式電話機の場合)又は音声入力(ダイヤル式電話機の場合)することにより、質問のコードに対応する情報(回答等)を検索し、これを音声で電話機より出力するものである(別紙システム目録(一)装置の概要。)。

2  本件システムのうち、、プッシュ式電話機によるコード入力の場合は、前記のとおり、音声による入力及び音声認識部がなく、したがつて、本件特許発明の要件A及びBを充足しないことは明らかであるから、プッシュ式電話機によるコード入力のコンピュータ情報検索システムが、本件特許発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。

3  よつて、以下、本件システムのうち、音声入力、音声出力の構成のみについて論ずることとする。

三  まず、本件システムが本件特許発明にいう「翻訳」及び「電子翻訳機」の要件を充足するかどうかについて判断する。

本件システムにおいては、音声応答認識装置に入力された三桁の数字の音声信号が、音声認識部で認識され、同認識部で三桁の電子コードに変換され、主制御部に転送され、制御装置は、主制御部より転送された右三桁の電子コードに対応した回答用音声番号を音声データベースから読み出し、これを主制御部に転送したうえで、主制御部に対し、当該回答用音声番号に対応する非常駐音声情報を出力するように指令し、主制御部は、この指令に基づき、当該回答用音声番号に対応する非常駐音声情報を音声ファイルから読み出し、音声合成部は、主制御部からの指令に基づき、右非常駐音声情報(質問番号、質問文章及び回答文章)を音声合成し、音声合成された質問番号、質問文章及び回答文章たる音声信号が出力されることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。

控訴人らは、本件システムにおける、音声認識部で認識処理され、これを変換した三桁の数字の「電子コード」(質問番号、例えば、「ゼロゼロイチ」)は本件特許発明の要件Cの「前記音声認識手段で認識された元言語に関する情報」に相当し、出力される非常駐音声情報(質問文章)(例えば、「年金証書を受け取りましたが、この年金証書は、どんな場合に必要になるのでしようか。」)は同Cの「それに対応する翻訳言語に関する情報」に相当し、本件システムでの右変換は、同Cの「翻訳」に相当すると主張するので、以下、まず、本件特許発明における「翻訳」の意義について検討する。

1  《証拠略》によれば、本件特許発明の目的、効果について、本件発明の詳細な説明において、「従来の音声入出力型電子翻訳機は、音声入力用マイクが常時作動しているため正確な翻訳が行えないという欠点があつた」(本件公報3欄2行ないし13行)ため、「本件発明は、かかる欠点を除去し、高精度の翻訳が可能な電子翻訳機を提供する」(同3欄14行、15行)ものであり、音声入力を用い、その音声入力を認識し、翻訳し、出力する電子翻訳機を前提発明とし、翻訳動作実行中、翻訳手段への入力を阻止する手段とこれに同期して作動する警告手段を備え、これにより「翻訳中に不要な音声が音声認識手段を介して電子翻訳手段に入力され、翻訳すべき必要な情報と混じり誤翻訳を生ずるのを…、自動的に、しかも確実に防止することができ、また、それに同期して発せられる警告…を見て話すだけで何ら手数、強制力、注意力を要せず誰でも能率よく正確な翻訳を得ることができる。」(同5欄36行ないし6欄7行)と記載され、実施例として、マイクとスピーカと配設する電子翻訳機において、和文英訳をする例が示されている。

また、本件発明の詳細な説明において、「本発明は電子翻訳機に関する。」(本件公報2欄末行)とされ、「なお、本明細書において、翻訳とは、ある国の言語を他国の言語に直すことだけでなく、同一国の言語において文字、記号を音声に、または音声を文字、記号に直すこともいう。よつて、同一国の言語であつても方言を標準語に直すことも、又逆も翻訳といい、演算も含む。」(同3欄1行ないし6行)(以下「本件記載」という。)と定義されている。

2  《証拠略》によれば、「一般に翻訳とは、ある自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えること」とされ、「翻訳機械」とは「人間が普通に使用する言語(コンピュータ用のプログラム言語など人工言語との対比で自然言語という。)を別の自然言語に翻訳する機械をいい、このような機械による翻訳のことを機械翻訳machine translation、自動翻訳とよんでいる。」と定義がなされるとともに、翻訳に用いる機械としては専らコンピュータについてのみ言及していることが認められ(なお、乙第七号証は、本件特許発明の出願日〔昭和五四年八月一六日〕前に刊行されたものではないが、本件特許発明の出願当時の当業者の「機械翻訳」についての理解が、右乙号証に記載されたところと異なるとの主張も立証もないから、本件特許発明の出願当時の当業者の「機械翻訳」についての理解を示すものとして判断して差し支えない。)、弁論の全趣旨によれば、「電子翻訳」というのは、通常その字句のとおり、電子回路等を利用した右機械翻訳のことをいうものと解される。

ところが、《証拠略》によれば、情報処理用語の項において、「言語」とは、「情報の伝達のために使う文字、約束及び規則の集合」と定義され、言語は自然言語と人工言語に分類され、「自然言語」とは、「規則が明示的には規定されずに、現行の用法に基づいている言語」、「人工言語」とは、「規則が使用前から明示的に確立されている言語」をいうものとされ、「翻訳する」とは、「ある言語を別の言語に変形すること」と定義され、同第二七号証(OHM電気電子用語辞典 茂木晃編 オーム社 昭和五七年一一月三〇日第一版第一刷発行)によれば、「翻訳は自然言語、人工言語、各種の記号、アルファベットなどの間で行われる」とされていることが認められる。これらによれば、本件「電子翻訳機」と技術分野が共通するものと認められるマイクロコンピュータの応用技術ないし情報処理の分野では、「翻訳」とは、自然言語、人工言語を問わず、ある「言語」を別の「言語」に変形することであると認められる(なお、乙第一一、第二七号証は、本件特許発明の出願日〔昭和五四年八月一六日〕前に刊行されたものではないが、本件特許発明の出願当時の当業者の情報処理用語としての「翻訳」についての理解が、右乙各号証に記載されたところと異なるとの主張も立証もないから、本件特許発明の出願当時の当業者の情報処理用語としての「翻訳」についての理解を示すものとして判断して差し支えない。)。

3  控訴人らの主張する本件特許発明における「翻訳」の意義について

控訴人らは、本件記載において、「ある国の言語を他国の言語に直すこと」という日常用語たる翻訳の意味に最も近い言語間翻訳を中心とし、次に「だけでなく」との語句を用いて、日常用語の翻訳から遠ざかる「同一国の言語において文字、記号を音声に、または音声を文字、記号に直すこと」というほぼ記号系間翻訳に相当する変換を「もいう」という語句を使用することで本件特許発明の「翻訳」の意義の外延を説明し、続いて「よつて、」という語句を用いて、右定義された「翻訳」概念中に当然含まれる「同一国の言語であつても方言を標準語に直すことも、又逆も」という言語内翻訳、及び「演算」という記号系間翻訳も含まれると確認的に例示したと主張し、「翻訳」には、「言語間翻訳」、「言語内翻訳」、「記号系間翻訳」(言語には自然言語及び人工言語を含む。)のいずれも含まれると確認的に例示したものにすぎないと主張するので検討する。

(一)  まず、控訴人らの主張する「記号系間翻訳」の意義について検討する。

前掲乙第七号証の「翻訳」の項によれば、ロシア出身の言語学者R・ヤコブソンは、翻訳の言語学上の概念として、言語内翻訳(同一言語内での言換え)、言語間翻訳(ある自然言語から別の自然言語への移し換え)、記号系間翻訳(自然言語を別の記号系に置き換えること)の三種に分けていることが認められ、これに徴すると、控訴人らの主張する記号系間翻訳とは、ある記号系を別の記号系に置き換えることをいい、どちらかの記号系が自然言語の場合もあるものと解される。

(二)  次に、本件記載による「翻訳」の定義について検討する。

〈1〉 「ある国の言語を他国の言語に直すこと」旨の記載について

「国の言語」とは、例えば、日本語、英語、ドイツ語などを意味すると解されるが、このような言語は、必ずしも、国境で区切られた国の言語に限定されるものではない(英語、フランス語、スペイン語が、複数の国において使用されたり、スイスやカナダのように、一国の中の地域によつて、フランス語、ドイツ語、イタリア語などが使用されることは、公知の事実である。)ことを考えれば、ある言語共同体の間で共通に用いられる自然発生的な言語であると解されるから、自然言語と同義であると解される。そうすると、右記載は、前掲乙第七号証における「翻訳」の一般的定義である「ある自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えること」と同義であると解される。したがつて、本件記載の右部分は、本件特許発明における「翻訳」の定義が一般的定義に従うことを明記したものと認められる。そして、右記載に続いて「だけでなく」という接続詞を用いて、同接続詞に続く「同一国の言語において文字、記号を音声に、または音声を文字、記号に直すこともいう」旨の記載から規定される範囲だけ、右一般的定義より、広い意味であるいは確認のために(より明確にする意味で)使用することを明記したものと認められる。

〈2〉 「同一国の言語において文字、記号を音声に、または音声を文字、記号に直すこともいう」旨の記載について

「同一国の言語において文字、記号を音声に」の意義については、前記〈1〉のとおり、「国の言語」は自然言語と解されるから、「同一国の言語」とは同一自然言語と解されるので、「同一自然言語において、文字、記号を音声に」とは、意味が不明である。なお、控訴人らの、「同一国の言語において文字、記号を音声に」における「同一国の言語において」とは、「同じ国の自然言語及び人工言語間の変換において」という意味であると主張するが、前記2で判示したとおり、「自然言語」と「人工言語」とは対立する概念であり、前記〈1〉のとおり、「国の言語」がある言語共同体の間で共通に用いられる自然発生的な言語を意味すると解されるのであるから、「同一国の人工言語」ということはあり得ない。控訴人らが、例としてあげる「◎」が「くもり」、「クラウディ」、「ヴォルキヒ」と変換される場合における「◎」は、「同じような種類の情報を伝える記号と記号は一つのまとまり、すなわち記号体系を形成するが、この記号体系を広い意味での言語ということがある。」(乙第二八号証〔翻訳と文化の記号論 文化落差のコミュニケーション 磯谷孝著 株式会社勁草書房 昭和五五年一月三〇日 第一版第一刷発行〕、二四頁一一行、一二行)と定義されているような記号体系としての言語ではなく、単なる記号であり、日本語、ドイツ語、あるいは英語という自然言語の中で用いられる記号にすぎず、別個の独立した体系としての「人工言語」ではないことは明らかである。

また、「同一自然言語において、文字、記号を音声に」を同一自然言語における読み上げを意味するとすれば、本件特許発明における実施態様が不明である。本件発明の詳細な説明に記載された実施例に即して、「I AM TOM」なる文字記号(翻訳言語)を同一自然言語の「アイ アム トム」なる音声記号(翻訳言語)に変換後スピーカに印加する(本件公報4欄1行ないし4行)ことと解してみても、本件特許発明の構成要件と対応させると、右のような音声合成自体は、電子翻訳手段それ自体でない。すなわち、特許請求の範囲第二項(実施態様項)の「電子翻訳手段は、音声認識手段で認識された元言語に関する情報に基づいて、それに対応する翻訳言語に関する情報に翻訳する電子翻訳部と、前記電子翻訳部で翻訳された翻訳言語に関する情報に基づいて、それに対応する翻訳言語に関する音声情報を合成する音声合成手段とを有し」(本件公報1欄22行ないし2欄1行)との記載によれば、本件特許発明において、電子翻訳手段は、音声合成手段を含む場合もあると解されるが、それ自体ではないからである。なお、控訴人らは、「文字、記号を音声に直す」場合の入力する「文字、記号」とは、本件特許発明が音声情報入力手段を構成要件としている関係上、「文字、記号」の読みを入力することであると主張するが、控訴人らの右主張は、「文字、記号」を入力すべき元言語、「音声」を翻訳言語とする主張を前提とするものであり、後記のとおり、かかる主張は理由がない。

控訴人らは、「音声」とは、物理的な側面での人間の発する空気振動としての音声波、あるいは音声波を電気的な信号等に変換した音声情報であり、また言語学的な側面での音声言語との意味を兼ね備えた概念であるところ、本件発明の詳細な説明の記載からみて、右記載部分における「音声」とは、言語学的な側面での「音声言語」の意味であり、「文字、記号を音声に」との記載部分における「文字、記号」は翻訳前の言語であり、「音声」とは翻訳後の言語であると主張し、「文字」、「記号」についても、同様に、文字言語、記号言語と解すべきであり、したがつて、「文字、記号を音声に直すこと」とは、文字言語、記号言語を音声言語に変換するという意味であると主張する。

しかしながら、乙第二〇号証(岩波科学百科 岩波書店編集部編 平成一年一一月一〇第一刷発行)には、「人間などが発声器官をつかつて出す音を声といい、言葉を表現するためにつかわれる声を音声という。したがつて、音声は、音としての側面と言語としての側面をもつている。」(一四四頁左欄4行ないし7行)との記載があることが認められ、右記載によれば、音声は、言葉を表現するために使われる発声器官をつかつて出す音をいうものであると解される。そうすると、音声の言語としての側面というのは、音声が言葉を表現するという限りにおいて意味を持つものであつて、別個独立の言語体系をなすということまでを意味するものではない。したがつて、「文字、記号」と「音声」とは異なる言語であることを前提として、「文字、記号」は翻訳前の言語であり、「音声」とは翻訳後の言語であるとする控訴人らの主張は採用できない。さらに、乙第二四号証(国語学大辞典 国語学会編 昭和五五年九月三〇日初版発行)の人工言語の項に、「自然言語の語を流用しない場合には記号言語という」との記載、前掲同二八号証の前記「同じような種類の情報を伝える記号と記号は一つのまとまり、すなわち記号体系を形成するが、この記号体系を広い意味での言語ということがある。」との記載によれば、記号言語について統一的な定義があるわけではないが、言語としての記号は一つのまとまり、すなわち記号体系をなしているものであると認められる。しかるところ、前記「文字、記号を音声に」との記載部分における「記号」を記号体系をなしている言語としての記号を意味するものであることを示唆する記載は、本件明細書にはないから、単なる「記号」を意味するものと認められる。そして、「文字、記号を音声に直すこと」との記載部分は、「同一国の言語において」との記載部分に続いているが、前記〈1〉のとおり、「国の言語」は自然言語と解されるから、「同一国の言語」とは同一自然言語と解されるので、前記のとおり、「自然言語の語を流用しない場合には記号言語という」(前掲乙第二四号証の人工言語の項)のであるから、同一自然言語内における記号言語ということはあり得ないはずである。なお、控訴人らの主張する気象記号としての「◎」の記号(言語)の読み(形状などの表現)を「にじゆうまる」とする例は明らかに自然言語内に取り入れられた記号の例であり、記号であつても、記号言語とはいえないことは明らかである。

したがつて、「文字、記号を音声に直すこと」とは、文字言語、記号言語を音声言語に変換するという意味であるとの控訴人らの主張は採用できない。

次に、同一国の言語において、「音声を文字、記号に直すこと」の意義について、検討する。

同一国の言語において、「音声を文字、記号に直すこと」とは、元言語(音声)を「音声認識手段で認識」して、文字信号、記号信号(元言語)に変換することと解されるが、これを、「翻訳」と対応させると、音声認識手段に対応する構成がなくなつてしまう。すなわち、「音声認識手段で認識」することまで、「翻訳」であると解すると、本件特許請求の範囲第一項記載の「音声情報入力手段に入力された翻訳すべき言語に関する音声情報を認識する音声認識手段」の構成に対応する構成がなくなつてしまうのである。

以上のとおり、「同一国の言語において、文字、記号を音声に、または音声を文字、記号に直すこと」との記載は、本件特許請求の範囲第一項に記載された本件特許発明の構成要件に対応させた「翻訳」の定義であると解すると、意味が不明であつたり、矛盾してしまうものである。したがつて、右記載は、本件特許請求の範囲第一項に記載された「電子翻訳手段」がなす「翻訳」を定義したものとは解し難く、せいぜい、音声を入力し、音声で出力することも本件特許発明の電子翻訳機がなす作用であることを述べたにすぎないと解さざるを得ない。

〈3〉 「よつて、同一国の言語であつても方言を標準語になおすことも、又逆も翻訳といい」旨の記載について

前記〈1〉のとおり、「国の言語」が国境で区切られた国の言語として特定されるものではなく、自然言語とほぼ同義であるから、自然言語である方言を他の自然言語である標準語(標準語が自然言語であることについては前掲乙第二四号証)に直すことも当然含まれると解されるが、「ある国の言語を他国の言語に直す」と表現されているために、同一国語でありながら、異なる自然言語である方言と標準語を挙げて確認的に同一国の自然言語の移し換えも翻訳になることを確認したものと解される。

〈4〉 「演算も含む」旨の記載について

前記〈1〉及び〈2〉のとおりの本件特許発明における「翻訳」の定義には「演算」が含まれるかは明らかではないので、「演算」が含まれると確認のために述べたものと解される。

〈5〉 以上を総合すれば、本件記載は、本件特許発明における「翻訳」とは、自然言語を別の自然言語に翻訳すること、すなわち、自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えることであり、本件特許発明の電子翻訳機は、かかる翻訳を音声入力、音声出力で行うこと、演算も含むことを明らかにしたものと認められる。

4  侵害の成否

前記のとおりの本件特許発明における「翻訳」の定義によると、まず、本件システムの三桁の数字の「電子コード」を非常駐音声情報(質問文章)(例えば、「年金証書を受け取りましたが、この年金証書は、どんな場合に必要になるのでしようか。」)に変える構成は、本件記載のうち、「同一国の言語において、文字、記号を音声に直すこと」に該当しないし、三桁の数字の意味・内容をできるだけ損なうことなく移し換えても、質問文章(例えば、「年金証書を受け取りましたが、この年金証書は、どんな場合に必要になるのでしようか)にならないことは明らかであるから、本件発明の詳細な説明における「ある国の言語を他国の言語に直すこと」が意味するところの「翻訳」の一般的定義である自然言語を別の自然言語に翻訳すること、すなわち、自然言語の語・句・文・テキストの意味・内容をできるだけ損なうことなく他の自然言語のそれらに移し換えること(方言を標準語の直すこと、又はその逆も含む。)、あるいは演算に相当しないことは明らかであり(控訴人らも、この点については、明らかに争つていない。)、また、本件システムは本件特許発明にいう「電子翻訳機」にも該当しないというべきである。

なお、控訴人らは、被控訴人の配付するパンフレット(乙第六号証の一)において、「三桁の数字」の入力を質問文章(自然言語)の出力に変換することを「音声翻訳」と説明していると主張するが、被控訴人が本件システムの「三桁の数字」の入力を質問文章(自然言語)の出力に変換する構成を「音声翻訳」と理解しているからといつて、同構成が本件特許発明における「翻訳」に相当するということにならないことは明らかである。

四  以上のとおり、本件システムにおける三桁の数字の音声信号を所定の非常駐音声信号に変換することは、本件特許発明にいう「翻訳」の概念に当たらず、また、本件システムは本件特許発明にいう「電子翻訳」に当たらないので、本件システムが本件特許発明の技術的範囲に属さないことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、差止請求権不存在確認を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、控訴人らの反訴請求は理由がなく、被控訴人の本訴請求を認容し、控訴人らの反訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから、控訴人らの控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 押切 瞳)

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